2008/1/4(金)  晴れ

2008年が始まった。ここ1年以上、色々な事情が重なって思うようなフィールドワークやホームページの更新が出来なかったが、今年は初心に帰って里山のさまざまな姿や生き物たちを紹介してゆきたいと思っている。

サボっているうちに世間では地球温暖化防止への感心がますます高まり、今や環境保護は大きなトレンドになっているようだ。北極のシロクマや熱帯雨林のオランウータンと同じように、身近な里山に住まう名も知らぬ生き物たちの命も日々脅かされている。
ごく当たり前の動植物たちがごく当たり前に姿をみせてくれる、そんなありきたりの風景がいつまでも身近にあることを願いながら、これからも少しずつ里山の魅力を紹介して行こう。

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さて、フィールドノート復帰第1戦となる今回は「武蔵野クワカブ探検隊」の管理人、JfKさんとの同行記だ。JfKさんは俺の最も尊敬するフィールドワークの師のひとり。地形図を徹底的に読み解き、そこに住む人々の土地利用の履歴などを類推しながら、非常に論理的なアプローチでクヌギのありかを見つけ出してゆくのだが、その的確な判断力・洞察力にはいつも舌をまかされる。
今まで数え切れないほどの刺激と示唆を受けてきた。無数に散らばる千葉の谷津田の中から「天竺」を見つけることができたのも、実は彼との会話にヒントがあったのだ。
今回も多くを学ぶことになるだろう。期待に胸を膨らませながら、まだ明けきらぬ朝焼けを背に一路西に向かった。

埼玉県某所

まず訪れたのは、俺も知っている某ポイントへ向かう途中の雑木林。JfKさんがシーズン中に車窓からクヌギの樹影を見つけていたと云う。夏の間は見通しが悪く、アプローチも困難なことが多い。気になるポイントは、冬枯れのシーズンオフに確認しておくのが鉄則だ。
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気持ちの良い青空の下、山裾の緩斜面に広がった落葉樹の林に踏み込んだ。「手入れが行き届いている」とまでは云えないものの、下草が刈られ林床まで陽射しの届く雑木林が続いている。踏み込むことがほとんど不可能な千葉の谷津田の斜面林とは、明らかに利用の頻度が異なるのだろう。
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やがて「おっ!?」と、JfKさんが小さく声をあげてかがみこむ。太くはないが、なかなか見所のある?(^^;)クヌギのメクレだ。
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見上げれば頭上にも魅力的なメクレが。。。色々な人の採集記によく記載されていることだが、不思議と足元にメクレのある樹は、頭上にも2ケ所3ケ所とメクレがあることが多い。そこには「樹の性質」のひと言で片付けられない何かがあるような気するのだが。。。
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ちょっと見にくいが、中央に萌芽更新(おそらく1年目)のコナラが見える。山裾の向かい側ではシイタケの栽培をしていることから、ホダ木として利用しているのだろう。 こちらは足下に転がっていたメジロの巣。手のひらほどの大きさだが、細い草の繊維や苔、クモの巣などを丹念に編みこんだ精緻な様には驚かされる。

埼玉県某所

まずまずの足慣らしの後、次のポイントに案内してもらうことにした。付近にある「台場もどきのクヌギ」と周辺環境を見せてくれるというのだ。

今、盟友JfKさんやヤマトさんとの間で関心を集めているキーワードに、「刈敷かりしき)」がある。クヌギやコナラなどの新梢(若葉のついた枝)を、田植え前の水田に肥料として漉き込むもので、長い歴史を持つ日本の伝統的な農作業のひとつだ。
クヌギの利用といえば真っ先に「薪」や「炭」、「シイタケのホダ木」「落ち葉から作る堆肥」を思い浮かべるが、実は山あいの水田では、肥料としての「刈敷」が重要な意味を持っていたと云う。刈敷は、クヌギの幹を胸より上の高さで切断し、切り口から無数に生えてくる柔らかな新枝を刈り取って利用する。毎年繰り返される新梢の刈り取りは幹を瘤のように肥大化させ、やがては巨大な台場クヌギを生み出すのだ。
化学肥料の利用や田植えの時期が早まったことなどから現在は全く利用されなくなってしまった素朴な習慣だが、この農の作業にオオクワを始めとした多くの昆虫たちが命を預けてきたのだと考えると、何やら感慨深いものがある。
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なるほど、胸高以上の場所で繰り返し剪定され、幹が途中からコブのように変形している姿はまさに「台場」風。。。。雑木林でよく見かける根元が株分かれした樹形とは大きく異なっている。薪炭やホダ木と利用の仕方が異なることは明らかだ。
谷津の奥、今でこそススキに覆われて荒れ果てているが、それほど遠くない昔ここは水田だったのだろう。地形により土地そのものの利用方法が異なるのはもちろんとしても、人はそこに生える(植えた)クヌギさえも、目的に適った形で使い分けていたことがわかる。


冬枯れの中、孤高のクヌギは古の暮らしを物語るモニュメントのように、静かにそびえ立っていた。

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こんな風にクヌギが一列に並んでいるのもよく見かける光景だ。たいへんな重労働であったと云う刈敷の運搬を少しでも楽にするために、また、いち早く新芽が芽吹く最も日当たりの良い場所として、水田に面した林の最前面を選んでクヌギを植えたのだとすれば、この配列にも意味が読み取れるのではないだろうか。

埼玉県某所

続いて向かったのは、奥まった谷津の広葉樹林。地形図とグーグルの航空写真をもとに目を付けていた場所だという。前述の「水田周りの刈敷」論の確認だ。ここでは目的の場所へのアプローチ(ルートの取り方)がとても参考になった。俺ひとりなら絶対に断念するような薮の奥の奥へ、いとも容易く?たどり着くことができた。無類の方向感覚と地形を読み取る経験のなせる業だが、ここより数段は薮深い千葉の里山でも役に立ついくつものヒントを与えてもらった。
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途中見かけたこんなメクレも、あまり時間をかけずにパス。。。 周囲にイチョウの樹などないはず。。。量も多く、かなり移動力をもった大型と思われる獣の糞。クマ?イノシシ?それともタヌキ?? ネットで調べるとイノシシのものに似ているが、異なるエサを食べた数頭が共同で利用した、タヌキの溜め糞ではないかと思う。
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目的の場所には、やはりクヌギが多く植えられていた。枯葉が覆っているのは雛壇状に作られたごくごく狭い谷津田。有望なクヌギは見つからなかったが、土地利用の仕方が予想通りであったことを確認しただけでも満足は大きい。

埼玉県某所

さて、本日のメインとなる予定?の、東西に長く伸びるなだらかな山裾に到着した。
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ほどなくして見つかったクヌギを主体とした雑木林。ここも、かつては水田だったであろう荒地(湿原)に面している。ご覧の通り「メクレ」とは違った、ボコボコの樹皮を持つ樹ばかりが並んでいるが、こう云う不思議なクヌギ林は時折見つかるものだ。その成り立ちも興味深いものがある。ただ、採集に関して云えば、見た目の派手さとは裏腹に肉巻き(傷を樹皮が巻いて治癒すること)が進んでおり、期待ほどに樹液が出ないことも多い。ここはどうだろう?夏までのお楽しみだ。
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ガスコンロでのラーメン昼食の後、なまった体には少しだけきついヤブこぎをするなどして周辺を探索したが、顕著な成果を得るには至らなかった。冬の夕暮れの訪れは早い。あと1〜2箇所ポイントをめぐるのが精一杯だろう。先を急ぐことにした。

ちなみに上の写真左は、荒地に残された小規模な雑木の林。生えているのはほぼ全てクヌギだ。地形図上で広葉樹マークがつくような広い広葉樹林よりも、案外こういった場所で有望な樹が見つかることも多いのだが、はたしてここにも十両クラス?のメクレが1本。。。

埼玉県某所

いくつかの候補地周辺を車で流しながら本日最後となるポイントを決定したが、正直言うとなぜここを選択したのか俺には理解できなかった。今こうしてノートを書きながら地形図を眺め返しているのだが、やはりよくわからない。確かに魅力的な風景の広がる場所だが、もし俺が選ぶとしたら候補地にさえ上げていなかっただろう。
しかし、結果としてこの選択が今日の探索を非常に意義深いものにしてくれるのだから、やはり下見は奥深い。自分の未熟さを思い知らされるとともに、あらためてJfKさんの慧眼に驚かされた。。。
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さっそく目に飛び込んできたのがこのクヌギの巨木だ。写真ではうまく伝えきれないが、なかなか魅力的なメクレを備えている。シーズン中にぜひ訪れてみたい1本だ。
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なだらかに続く緩斜面にまばらに生えるのは、コナラ・イヌシデ・ハリギリといった、どちらかと云えば自然度の高い構成種なのだが、、、 もちろんこういった、荒れた樹皮を持つクヌギも見られる。
全体の醸す雰囲気の良さから、もう少し探索の範囲を広げることにした。時計の針はすでに4時を指そうとしている。はたして有終の美となるのか?それとも憂愁の尾(^^;)?と終わるのか???
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ラスト30分で次々に現れたメクレクヌギたち。かなり暗くなってからのあわただしい探索だったにもかかわらず、満足のいく結果を得ることができた。大きなクヌギも多く、もう少し時間をかけて範囲を広げればさらに良い樹を見つけることができそうな、今後に期待を持たせてくれるポイントだ。
気がつけば周囲は真っ暗に。。。名残惜しくもあるが、充実感と感謝の中で本日の探索を終えることにした。

JfKさん、本日は本当にありがとうございました!

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ということで、本日の探索は大満足(^o^)丿
普段は目的も持たずにのんびりと里山を散策するばかりの俺だが、今日は本当に勉強になり、刺激を受け、見つけたクヌギの数以上の稔り多い1日となった。今日得たもののいくつかは、千葉のフィールドでも間違いなく役立つものだ。シーズン到来まで半年足らず。里山歩きの楽しさに「地形を読み解く醍醐味」を加え、本格的なフィールド活動をしてゆきたいと思う。

2008年フィールドノート
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