2005/1/23(日) 曇り・小雨・雪

久しぶりに(と云っても2週間ぶりだが)、日曜日にフィールドに出ることにした。ここのところ週末の天気が悪くて、平日は青空が広がるという最もストレスが溜まる毎日だったが、土曜日は雲ひとつない最高の陽気。家族がいない間にちょこっとだけ家事(のふり)をして、あとは下見のために地形図とにらめっこをした。
昨年は「とにかくヒラタを自力で見つける」という大きな(?)目標の前に、生息密度が高いと考えられる埼玉での活動が多かったが、一応の成果を得てヒラタの生息環境と探し方のポイントはある程度掴んだつもりだ。
今年は何としても「千葉産ヒラタ」を確認したい。
しかし、今知っている千葉のポイントでヒラタを見つけられる可能性は限りなく低いだろう。
冬の間にひとつでも多くのポイント、と云うよりも1本でも多くのメクレクヌギを見つけておかなければならない!
とは云うものの千葉は広い。東京の一番千葉県寄りにある我が家から房総半島の南端に位置する館山まで150Kmある。西に向かえば韮崎だっていけちゃう距離だ。
この間をしらみつぶしすることは到底不可能だし、気になる場所を行き当りばったり色々と探していても活動が散漫になるだけで逆に回り道になってしまうだろう。
、と云う判断で、今年は活動する地域を限定することにした。その範囲を納得いくまで捜索し、結果が出なければ来年は違う地域に挑戦する。相手はオオクワではないのだから、何年か経つうちには必ず見つけることが出来るだろう。たとえ失敗を積み重ねることになったとしても、それは「千葉県のヒラタの分布」を考察する上で、必ずや後世の役に立つはずだ。
なんて潔くて男らしい挑戦なんだろう!我ながら惚れ惚れする(笑)
。。。などと前置きばかりが長くなったが、そんなこんなを考えながら地形図を眺め、下見のルートを綿密に立てた。明日は朝6時半に出発、抜けるような青空の下で5時過ぎまでみっちりとフィールドを堪能しよう!!!

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で、当日。朝からどんよりとした厚い雲が空を覆っている。。。昨日までの青空はどこへ行った!?あんなに綺麗な夕焼けは何だったの? 天気予報のお姉さんは「曇りのち雨、所によっては雪」と無常の宣言。それに追い打ちをかけるようにカミさんが「昨日から天気悪いっていってたよ。見なかったの?」(泣)
一気にしぼみかけた姿を見て可哀想にんなったのか、カミさんがおにぎりとコーヒーのお弁当を用意してくれた。普段ろくな家族サービスもしていないのにホントにありがたいことだ。きっと妻を惹きつける、何か自分でも気付かない魅力が俺にはあるのだろう。。。(か?)
、と気を取り直して元気良く我が家を出発した。(ようやく本題へ)

ポイント0502

最初に到着した場所は、かなり広いシイタケ栽培場だった。1ヘクタール(100m×100m)以上はあるだろう。生えているのは大半がクヌギ。そこに本来の植生である照葉樹(常緑広葉樹)がまばらに混じっている。
小さな子供と一緒に、気軽にカブトやノコ・コクワを採集しに来るには最適の場所だろう。
本当はもう少し自然度の高い場所を期待していたのだが、これだけのクヌギを前に贅沢は云うまい。
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シイタケのホダ木としてはかなり太めの、直径30cm以上のクヌギやコナラが目立った。 カブトムシの養殖場と見紛うような廃材の小山が敷地内に何ヶ所もある。
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刈り残されたシイタケもチラホラと まだ植菌されていないコナラの太い原木もたくさん乾燥させられていた。これから先もずっと続けていって欲しい。
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モグラもたくさんいるようだ。カブト幼虫くんたちも貴重なタンパク源になっているのだろう。 本来の植生のひとつであるアカガシ。こんな風に樹皮が荒れてはがれやすいようだ。
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ウラシマソウやマムシグサの仲間の実だと思われる。何やら美味そうにも見えるが、花の姿を思い起こすだけでとても試す気にはならない。 ヒヨドリジョウゴの艶やかな赤い実も、すっかり萎れている(有毒)

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中央奥の常緑樹はクスノキ。一抱えもある巨木が何本も生えていた。 ここは山ではなく、台地上にある。本来は畑作に利用され、斜面に雑木林が維持されていたのではないだろうか。見下ろした低地には田んぼを中心とした農村の風景が広がっている。
 

 

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日当たりの良い場所ではいまだに樹液を滲ませるコナラたちがあった。気温4度。さすがに訪れる虫たちもいない。
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剥がれてしまったメクレの根元には、、、⇒ カブトの♀が残されていたり、
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(見えにくいが)十分なメクレが残された根元は、、、⇒ 「兵どもが夢の跡」だったり、(中央に写るクワガタ♂の前胸部は、横のコクワ♀と比べてわかる通りにかなりの大きさ。。。すわっ!?)
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メクレのない樹液痕の下には、⇒ ゴキちゃんの越冬幼生が潜んでいたり。。。(^_^;)
南側は谷津が入り込み急な斜面を作っているが、放置されたままかなり深いヤブになっている。期待しながら踏み込むと、
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ウグイスカグラがもう可憐な花を咲かせていた。暗い林床が好きな低木だが、暖かな南斜面で開花が早まったのか?埼玉よりはひと月以上早いように思う。初夏には透明感のある赤い美味しい実を生らす。 ヤブコギで見つけた唯一の1本。地上4m、長い梯子を持ち込めば覗き込めるだろう。

ポイント0503

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照葉樹と植林の間の道を歩いて行くと。。。 なかなか有望なコナラを発見。この写真では良く分からないが、樹液痕のある深いウロがある。中は複雑で、カブトの入れないサイズ、と期待が持てる。

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裏側にはもっと良い感じのウロが2つ。。。 照葉樹主体の湿度の高い暗い場所。いつもの開けた雑木林とは異なる環境だが、夏になったら一度は確かめに来たい。

ポイント0504

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少し戻って明るいヤブを進むと、本日一番のクヌギを発見。見た目はそれほど派手ではないが、かなり奥行きのあるメクレがほとんど剥がされずに残っている。大小含めて3ヶ所あり、どれも樹液の痕が見られる。谷津の斜面林を登りきった、少し乾燥気味の場所だが、ヒラタが(いれば、)入ってもおかしくはない場所だ。 その隣にあったコナラ。樹液と思われる痕跡のあるウロを覗き込むと、アカガエルが越冬していた。なんとか引出したかったのだが、傷付けてしまいそうなので断念。ペンライトに浮かぶ姿からはニホンアカガエルのように見えた。2月に入ると、斜面を谷津田まで下りて産卵するのだろう。このように、雑木林と水田を行き来しながら生涯を過ごす谷津の生き物は多い。
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ムラサキシキブかエゴと思われる樹。細い幹肌がボロボロになっていて、どうやら樹液が出ていたようだ。どんな昆虫たちの命を支えていたのだろう? 少し手入れがされなくなると、このように本来の照葉樹の暗い林に戻って行く。
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いかにもクヌギらしいシルエット。うねるような幹の形と比較的まばらな枝先の特徴を覚えると、葉のない季節でも遠方からクヌギとわかるようになる。コナラは枝先がもっと密になっているし、シデの類はさらに細かい。

・・・移動中・・・

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次のポイントに向う途中、谷津田を挟んだ向こう側の斜面林が切り崩されていた。工事の目的は定かでないが、かなり大型の公共工事だと思われる。
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谷津田は、冬の間も水が切れないことが多いが、田に残ったわずかなに水に、オオアカウキクサが浮いていた 国の絶滅危惧U類指定されている水生シダだ。こんな風に、開発のすぐ横に貴重な生き物たちがひっそりと息づいていることも少なくない。
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ふと目に止まった湧水。台地部分に降った雨が浸透し、谷津の斜面林の最下部で涌き出ている。この涸れることのない「根垂れ(ねだれ)」と呼ばれる湧き水が谷津田を潤す源だ。こういった水源のおかげで冬の谷津田に水が残り、上にあるようなオオアカウキクサを育て、アカガエルやサンショウウオに産卵場所を提供するのだろう。
掌で水を受けたところ、その温かさに驚かされた。そうだった、湧き水は冬温かく夏冷たいものなんだ。
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水田の脇の樹は、特徴ある実をつけるハンノキの仲間。花芽などからヤシャブシと判断した。ハンノキの仲間は根粒菌との共生で空中窒素を固定し、痩せた土壌にあっても元気に育つ。特に河畔や湿地などに多く進出しているようだ。
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暖かな日差しの下では、もう白梅が咲きそろっていた。 前回食べはぐったフユイチゴ。口に含んでみると、爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。
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次のポイントに向う途中、2つの小さな祠に行き会った。ヤマの神なのだろうか?どちらも正月の飾りつけがなされ、真新しい注連縄(しめなわ)が取りつけられていたりと、いまだに信仰が人々の暮らしと結びついていることがよくわかる。ところで、写真左で祀られているのは三猿、いわゆる「見ざる、言わざる、着飾る(×)聞かざる(○)」だ。何故かこの辺りではこれが祀られていることが多く、興味深かった。

ポイント××

地形図ではこのヤマの上は広い平坦な台地になっていて、広葉樹林と表示されている。ほぼ最高点近くに到着すると、視界を遮る深いヤブが待っていた。この向こうに目的の雑木林が待っているに違いない!

、と突き進んだが、突如視界が開けて、絶句。。。

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サッカー場が2〜3面以上とれると思われる広くて平らな台地が無残に削り取られている。 下の谷津でもショベルカーが作業している。この種子をどこまで飛ばせば、子孫を残すことが出来るのだろう。
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剥き出しの切り株が首級のように一列に並ぶ。 掘り起こされ、うち捨てられた古木の切り株。一抱え以上もあるクヌギも多かった。
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これらの樹々の根が再び大地を力強く掴むことはない。 ほぼ中央には、モニュメントのようにコナラの切り株が聳える。
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削り取られた斜面の横にはカブトの骸が。。。 ヤマを下りて工事の全容が判明した。道路の建設だ。ヤマ裾まで橋脚の基礎工事が進行していた。
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工事のすぐ脇には大切に赤いべべを着せられたお地蔵さまに愛染明王(家内を守る仏様)らしき石碑。ここもきちんとお供えがしてある 「粗朶(そだ)」と呼ばれる雑木の束。桃太郎のおじいさんが「柴刈り」に行って取ってきたのは正にこれ。40〜50年前までは生活に不可欠な燃料だったと云う。
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藁ぼっちの残る田んぼと裏ヤマ 今も人の住まう藁葺き屋根の家
今日歩いた場所は、まだ人がヤマと離れずに暮らしている様子が随所にうかがえた。確認できたものは少ないが、豊富な生き物たちがこの里山と人の生活に依存しているのは間違いないだろう。開発の手はすぐそばまで来ている。いつまでもこんな風に、生き物との共存を可能とするような暮らしが残されてゆくことを、願わずにはいられない。
私は自然保護活動家ではありません。壊されゆく自然や里山を前に、ただノスタルジーとセンチメンタルを抱えて心を痛めているだけの、卑怯な似非ナチュラリストにすぎない。そしてそれが、おそらく都会に暮らす大多数の人たちの素直な感情なのではないかと考えています。
地域の里山を守るために、行政や企業に働きかけると云う困難な活動に献身的に立ち向かっている方々に対しては、心の底から尊敬の念を抱いています。
こんな名も知れぬHPの中で憂い嘆いてみても、それは単なる自己満足に過ぎないことはわかっているつもりです。「行動」と云う小さくとも確実な1歩を踏み出すべきだと云うお叱りもあるでしょう。
しかし、そこまでの活動に踏み込むことができない人たちが、私を含めた大多数なのではないでしょうか。保護活動を強く推されることによって、逆に警戒心から距離をおいてしまうこともあるはずだと思うのです。
私は、そういった人たちの抱く心の痛みがけっして無意味な感傷だとは思いません。
「子供とカブトムシを採りに行きたい」という本当にちっぽけな願いを持ったことをきっかけに、里山の自然に触れ、それまでただ漠然と眺めていた開発に心を痛めるようになることにも、きっと意味があるはずだと感じているのです。
私は父親から虫捕りを教わったこともなければ自然の大切さを諭されたこともありません。おそらく同年代の誰しもが同じではないでしょうか。失われつつあったとは云え自然はまだ私たちのそばにあったし、誰に教わるでもなく、ごく当たり前の少年たちの日常が、昆虫をはじめとした多くの生き物との触れ合いの中にありました。
そう、私たちの親には生き物たちとの係わりあい方を子供に伝える必要など無かったのだと思います。そして私たちの子供は、次の世代に何を伝えるべきかさえ知らずに日々を過ごしている。1960年代という高度成長期に生まれ育った私たちは、ノスタルジーをもって生き物との触れ合いを伝えることのできる最後の世代、いや、それを伝えるべき責務を担わされた唯一の世代なのではないでしょうか。
だから私は、ひとつでも多くの里山を巡り、ひとつでも多くの魅力を見つけ、拙いHPを通じて一人でも多くの方にそれを伝えたいと願っています。
そして途中で出会った開発の爪痕について是非を問うことはせず、見てきた事実をその時の印象のままに書き残して行くつもりです。
願わくは、そこから何かを感じてくれる方が一人でも多くいることを。
行動を起こすこと、そして促すことに大きな意義があるのと同じように、感傷を伝えることにも意味があるのではないか。
私はそう信じ、今こうしてパソコンに向かっています。

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